2016年8月25日木曜日

愛を待ち望む、出会いも恋愛も、待ち望む



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散りどきが近づくと、葉のつけ根に離層と呼ばれる組織ができ、葉が散る準備は整えられる。

そして、美しく色づいた葉は音もなく散っていく。もし、紅葉の一葉ひと葉が散る苦しみに声を立

て、嘆き悲しんだらどうであろうか。となりの葉が散った寂しさと悲しみの涙にむせんだらどうで

あろうか。紅葉した山は葉のうめきで全山揺るがされるであろう。紅葉は音もなく散ってほしい

と思う。

同様に自然のなかの一景として眺めたとき、人間の死もまた静かであってほしいと願う。美しく

色づいた葉が秋の日のなかにひらひらと舞っていく。葉の落ちたあたの樹の梢には、冬芽の準

備がはじめられる。死はそれほどにも静かなささやかなできごとである。

36億年の間複製されてきたDNAは、私の生の終わりとともにその長い歴史の幕を閉じようと

している。その一部は子や孫のからだのなかで複製されつづける。36億年間書き継がれた

詩は、最後の一行を生殖細胞に残して私とともにこの世から消え去ろうとしている。

生命の歴史の一瞬に存在し得た軌跡を思うとき、私は宇宙のふところに優しく抱き上げられ、

ジプシー占いの水晶玉のように白く輝いて、宇宙の光に融和しつくすのである。


柳澤桂子 「われわれはなぜ死ぬのか 死の生命科学」